clavichord:sample


 寒いという感情と、寂しいという感情は、どこか似ている気がする。
 彼女の肌が離れたことを感じたのか、ふっと目を覚まして、そんなことを思った。
 それは、寝返りを打ったせいで少し身体がずれただけの、僅かな肌の隙間だったのだが、そのほんの少しの距離にさえ強烈な寂しさを感じる。
 そして、その寂しさは……剥き出しになって冷え始めた白い肩をそっと抱き寄せるだけで簡単に解消されるんだ。指先で、そして手のひら全部で彼女の肌を確かめるだけで。

 おかしなもんだ。
 昨日まで触れたことすら無かった素肌が恋しいだなんて。

「……香穂子」

 名前を口にした途端、こみあげてくる愛しさ。
名を呼ばれた当人は、夢の中で返事をしているつもりなのか、小さく漏れるため息が驚くほどに甘い音色を奏でた。
 そっと頬に手を添えてみる。
(なあ、お前さん、俺に呼ばれてるって、ちゃんとわかってるのか?)
「なあ、香穂子……」
 もう一度、今度は話しかけるように言った。
 実は、こんな風に名前を呼べるのも、彼女が一向に目を覚まさないからに他ならない。
 この名前を呼ぶという行為は、俺にとって想像以上に困難なことだった。いつも何故だか妙に気構えてしまい、気がつけばつい、「おい」とか「なあ」なんて、まるで倦怠期を迎えた夫婦のような呼び方をしてしまう。
 そのくせ自分は、今触れているこの唇に「紘人」って呼ぶようにせがむのだから性質が悪い。


[中略]


「あっ、んっ……」
 首筋を指先でなぞりながら、紅く染まった耳朶を口に含むと、香穂子から甘い声があがる。が、すぐに声を堪えるように唇をぎゅっと結び、眉をしかめた。
 金澤はそんな香穂子の襟元のボタンに手をかけ、ひとつずつ、わざとゆっくりとはずしてゆく。新しいボタンに指がかかるたびに、香穂子の鼻先から吐息が漏れ、握られている白衣の袖が引きつった。
「なあ、こうやって見られながらっていうのもいいだろう?」
 半分ほどはだけた胸元をじっと見つめ、それからおもむろに手を差し入れた。
「やっ……」
 少し汗ばんだ肌は、手に吸い付くようで、それだけで金澤を夢中にさせる。その感触を楽しみながら、肌の上で指先を滑らせてゆくと、既に硬くなりはじめた尖りにぶつかった。指先ではじくと、それに反応するように硬さが増してゆく。
「お前さん、ここ、好きだよな?」
「そ、そんな」
「こうやって少し痛いのがいいんだよな」
「ああっ」
 転がしながら摘み上げると、香穂子の身体が大きく揺れた。
「腰、動いてるぞ」
 金澤は香穂子の尖りを指先で扱きながら、耳元で囁き、香穂子の反応に軽く笑った。
「ああっ、やあっ」
 思わず出してしまった声の大きさに自分でも気がついたのか、香穂子ははっとして、後ろを振り返った。
「せ、先生お願い、か、鍵……」
 既に荒くなった息をはきながら、香穂子はドアに鍵をかけるように金澤に懇願する。だが、金澤はちらりと見ただけで、動くことはなかった。
「せんせ、鍵、かけないと、だ、誰かきたら……困る……」
「こんな時間に誰も来やしないさ。それに俺はあいにく両手が塞がってるんでな」
 その言葉を証明するように、金澤はもう片方の手を香穂子の膝へと伸ばすと、そこからすっと太ももを撫で上げて、その奥へと手を進めた。
「んっ、いやあっ」
「嘘つきだなあ、日野は」

 ――嫌じゃないんだろう?
 
 耳に唇を押し付けて、そう囁くと香穂子の背中がびくんと撓った。
「もうちょっと腰あげてみな」
 長身の金澤がそう言うと、わけもわからず香穂子はふるふると顔を左右に振った。
「ほら、これじゃあ手が届かない」
お前さんを可愛いがってやれないだろう?と言われると、結局は金澤の言うとおりに腰の位置を少し高くする。だが無理な姿勢のためにバランスは崩れ、香穂子の両手は金澤を抱きしめる形になってしまった。
「おっと」
 わざとからかうような声に、香穂子は恥ずかしさで紅くなった顔を金澤の胸にぎゅっと押し付けた。金澤の匂いと、どくどくという心臓の音が香穂子の身体に響く。その一方で、淫らな感触に香穂子の腰は揺れ続けていた。
 さきほどからずっと腿に触れている金澤の手が、時折、香穂子の中心を刺激するたびに弱い電流が流れたように身体が跳ね上がる。何度もそんなことを繰り返すと、金澤は、そろそろかな?と下着の端から指を挿れた。
「あっ……」
「すごいな」
 そこは熱を持ったように熱く、金澤の指を待ち受けた蜜で満たされていた。少し指を動かしただけで、くちゅんと音を立てて絡み付いてくる。
「はっ、ああっ……んっ」
 一本、二本と指を増やしてゆくと、堪えきれないのか、香穂子の口から声があがった。くちゅくちゅとかき回しながら、金澤は指を出し入れし、自分の指で踊る香穂子の全身へと舌を這わせてゆく。
 肌を探るようにちろちろ舐めながら、少しずつ制服を脱がせ、ほぼ全裸にさせたところで香穂子の身体をまじまじと眺めた。
 ところどころに残る、うっすらと紅い痕は全て自分がつけたものだ。それを確かめるように、そっと口づけながら手のひらで触れてゆく。全身余すところなく全てに。それでも足りなくて夢中になって舌を這わすと、急に腕をすごい力で掴まれた。
「せ、せんせい……」
 掠れた声は、我慢できずにあげてしまった嬌声のせいだろうか、それとも?
「もう、欲しくなったのか?」
 そう聞いている自分のほうが、よほど限界が近いと思われた。カチャリと音を立てるベルトの下の方では、痛いほどに張り詰めた自身が香穂子を欲しがっている。
 腕を掴んでいる小さな手を自分の首にかけさせると、金澤は香穂子の身体を自分へと引き寄せ、昂まった自身を香穂子の濡れた場所へと押し付けた。布越しではあるが、はっきりと主張しているそれでゆっくりと擦りあげる。
「なあ、言えよ。これがもう欲しいのか?」
「んんっ……」
 苦しげな息を漏らしながら香穂子の唇が動いたが、金澤には最早、香穂子の答えなど聞いている余裕はない。自分を求めるかのような見える顔が頷いたかどうかすらわからないまま、近くにあるソファーの上に押し倒した。
「せんせい……」
 その後に続くのは、やめてなのか、早くなのか?
金澤は勝手に後者だと判断し、香穂子の両足を大きく開かせた。


[後略]